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2017年6月3日 学校説明会(校長挨拶)

2017.06.03

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皆様、本日は土曜日という貴重な時間を割いて、南山大学附属小学校の説明会にお出かけくださり、心から感謝いたします。

冒頭、私のほうから、南山大学附属小学校教育の目指すものについて、概要をご説明させていただきます。後ほど、各担当者より、より具体的なお話をさせていただきます。

本日お配りいたしました、学校案内のパンフレット、この表紙は、「ぶどうの木」のデザインになっています。キリスト教では、ぶどうの木は、イエス・キリストの象徴でございます。ぶどうの幹につらなって、成長していくぶどうの房一つひとつ、これが、南山小学校の子どもたちである、ということを表しています。私のほうからは、まずこの、ぶどうの木の「根っこ」の部分についてお話をさせていただきます。

南山学園は、カトリックの修道会である「神言修道会」の宣教師ヨゼフ・ライネルス神父によって創立されました。その創立は、ライネルス神父が地元の人々の要請に応えて南山中学校を設立した1932年に遡ります。

中学校の設立後、間もなく南山小学校が設立されました。この年1936年が、南山大学附属小学校の歴史の始まり、ということになります。ただ、この旧南山小学校は、戦時下という時代状況の中、わずか5年で、国民学校への移管という形で幕を閉じました。

これは当時の小学校の校舎の写真です。(写真提示)一度も卒業生を送り出すことなく、激動の時代の波に飲み込まれてしまいました。ただ、旧南山小学校が設立された当時の「入学案内」には、南山の教育について、「児童中心の教育」が、次のようにうたわれていました。

「どの児童にも隠れた寳玉のような独創性や眠った能力が潜んでいます。此の児童一人一人の独創性を見つけ能力を呼び醒まし、それに基づく彼らの自発的な活動を中心として、新しいものの発見、未知の世界への探求へと導くような教育を根本に致します。したがって教え込む教育ではなくて学ばせる教育であります。児童自ら観察し、実験し、比較し、思考して、自ら帰結に達し、原理を発見するように仕向ける教育なのであります。」

ここにあるように、旧南山小学校は、大変厳しい時代状況の中にあっても、子どもたち一人ひとりの中にある「宝玉(ほうぎょく)」を発見し、探求心を育て、やがて自ら原理を発見していく教育を目指していたのです。

戦後、総合学園の道を歩んできた南山学園は、学園創立75周年の周年事業として、南山小学校を2008年に復活させました。私たちが、いまあるこの南山大学附属小学校を「新設した」とは言わずに、「復活した」と表現するのは、旧南山小学校が掲げていた、「宝玉を見出して、学ばせる教育(言いかれば互いに学び合う教育)」を、私たちもまた、引き継いでいく決意であるからです。

南山大学附属小学校は、時代は移り変わろうとも、子どもたち一人ひとりに宿る「宝石」のような「力」を見つけ、それに基づいて探求心を育て、子どもたちが自ら原理を発見していけるような教育をすすめていく決意です。

現在、幼稚園から大学院までを擁する総合学園となった南山学園は、カトリック系ミッションスクールとして、「人間の尊厳のために」の教育モットーを掲げております。小学校ではこれを、子どもにも分かるように「かけがえのないあなたと私のために」と言いかえております。

ここでいう「尊厳」には、人間に本来的に備わっている、神の似姿(神に似た姿)としてつくられた人間の「神聖性」、という意味が含まれています。人は誰もが、神に似た者として創造されているがゆえに、その存在自体に厳かさや神聖性が宿っている、というキリスト教の普遍的理解があります。

他方で人間は、それぞれの時代・社会・文化の中で、互いに傷付け合うことで、自ら互いの尊厳を脅かしてきたことも事実です。この状況を乗り越え、「人間の尊厳のために」働くことのできる人、人間の尊厳の推進者となる人を社会に送り出していくことこそ、南山学園の使命です。

そしてこのことを、ご家庭ともよく連携しながら実現させていこうとするところに、本校の特徴がございます。

人間の尊厳の推進者として育っていくためには、それなりの長い年月が必要です。このため南山学園は、小学校だけでなく、中等教育から高等教育にいたる長い道のりとしても学んでいただけるような環境が整っております。もちろん、南山大学附属小学校で学ぶ6年間だけであっても、この6年間が、お一人おひとりの人生にとって最高の6年間であった、と後で振り返っていただけるよう、精一杯の努力をさせていただきます。

さて、会場の皆さま、ここで少し、私たち自身が育ってきた歩みを振り返っていただければと思います。お一人ひとりにとって、「小学校」は、いったいどのような時期であったでしょうか。どのようなことに十分に恵まれ、そして、何が十分ではなかったでしょうか...。

お預かりする大切なお子様を、私たち小学校がお世話できるのは、6年間です。ずいぶんと長いように思われるかも知れませんが、平均寿命80年以上の時代、という縮尺からすれば、わずか6年間、ということもできます。

しかし、私たちがそうであったように、この幼い時期こそ、お子様にとっては長い人生のとても大事な「最初の一歩」であります。この大切な時期に、学んだこと、成功ばかりでなく失敗を通して学びとったことこそが、お子様のこれからの人生にとって、しっかりとした土台、人生の礎になっていくはずです。南山小学校は、この意味での、「人生の礎」となるような小学校でありたい、と考えております。

お子様の長い人生を見据えている私たちは、小学校6年間が、学校生活だけで完成される、とは考えません。人生の礎となるべき育ちの場は、まさに「家庭」であります。お子様は、そこで命を授かり、大切に大切に、守り育てられてきたからです。

南山小学校は、皆さまが家庭の中で、慈しみ深く、そして時に厳しく、しっかりとお子様を育ててこられたことに対して、深い尊敬の気持ちを持っております。そして、これからも、そうあり続けてくださることに信頼を寄せております。

南山小学校のめざす教育は、人を人として育てる教育でありますから、家庭との連携なしには、成り立ちません。このことを深く理解し、いついかなる時も共に歩んでくださるご家庭を、広く求めております。

以上、主に、本校の教育理念について、パンフレットにあります「ぶどうの木」の「根っこ」の部分につきまして、お話をさせていただきました。それでは、来年の春、たくさんのお子さまのすてきな笑顔に出会えますように、またお迎えできますようにと、お祈りをしながら、私の挨拶にかえさせていただきます。
ありがとうございました。

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